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九州大学 総合理工学研究院
複雑系社会環境科学・サステナブル居住環境学・都市環境科学 研究室

九州大学 総合理工学研究院
複雑系社会環境科学研究室&都市環境科学研究室

複雑系科学,応用数理工学を適用した人間-環境-社会システムのモデル化

現在進行中の研究テーマ

東京工業大学大学院理工学研究科の藤井晴行准教授との共同研究成果はこちら

進化ゲーム理論とその応用(特に広義の環境問題)を研究しています.具体的な研究テーマは以下の通りです.

  • (1)進化ゲーム理論の基礎研究
    • (社会的)ジレンマ状況における協調創発機構の解明
  • (2)人間社会における(広義の)環境問題への応用
    • 1.交通渋滞問題
    • 実測調査による交通流の特性解析
    • CAによる交通流のモデル化とジレンマ構造の解明
    • 2.感染症蔓延問題
    • MASによる感染症流行のモデル化とワクチン接種行動の解析
  • (3)拡散場におけるジレンマゲームの研究
    • MASによる培地上の資源が拡散する微生物社会のモデル化

(1)進化ゲーム理論の基礎研究

(社会的)ジレンマ状況における協調創発機構の解明

現実の社会システムではしばしば普遍的な協調行動が観察されます.1944年,数学者von Neumannと経済学者Morgensternは共著『Theory of Games and Economic Behavior』を刊行し,相互依存関係(自身にとって最適な行動が相手の行動に依存するゲーム的状況)にある合理的な意思決定を行う主体(エージェント)がどのように行動の意思決定を下しているのかを研究するための理論,ゲーム理論を構築しました.ゲーム理論は主に経済学で用いられている他,社会学,情報学,数理生物学など,様々な分野で注目されています.

一方,ゲーム理論を動学化した理論体系である進化ゲーム理論は,生物学者Maynard Smithの研究を嚆矢とし,TaylorとJonkerやHofbauer, Schuster およびSigmundらによって創設されました.2×2ゲームに代表されるゲーム理論では,各エージェントは自己の利益の最大化するような合理的な意思決定を下すものと仮定しています.この仮定は時に強すぎる仮定であると見なされることがあるのですが,進化ゲーム理論では合理性の仮定を必要としません.進化ゲーム理論は生物の進化(進化生物学)を説明するために構築された理論ですが,社会科学,統計物理学などの分野でも注目されています.

2005年,生物学者Nowak は” Five rules for the evolution of cooperation”という論文において,ジレンマ状況下における集団の他利的(協調)行動が進化するためには何らかのメカニズムが必要であり,それが5つの互恵メカニズム(血縁淘汰,直接互恵,間接互恵,ネットワーク互恵,群淘汰)で説明づけられる事を発表しました.特に近年では複雑ネットワーク分野の研究が急激に進展した事もあり,ネットワーク互恵(周囲の相手とだけ相互作用する事によって,匿名性を減らし裏切りやただ乗りを抑制する機構,”社会粘性”を付加する機構とも言えます)に関する研究に関心が集まっています.本研究室では,時として利己的(自己利益を追求する)行動が個人にとって合理的であるようなジレンマ状況下において,「なぜ生き物は損をしてまで他者に協力するのか」という疑問に対し,ネットワーク互恵の力学的素過程の解明を試みることで,人間や生物の協調行動の創発や維持機構の解明に繋げたいと考えています.

(2)人間社会における(広義の)環境問題への応用

1.交通渋滞問題

現代社会において,車は先進国だけではなく昨今の経済成長が目覚しい中国やアフリカ,東南アジアなど,世界中の国々において輸送の根幹を担っています.車社会の浸透に伴い深刻化しているのが交通渋滞です.交通渋滞は輸送効率の低下だけでなく,排気ガスの増加による大気汚染など社会に甚大に損害を与えています.

交通渋滞は様々な面から人間社会に損害を及ぼすことから,渋滞の起こるメカニズムの解明及びその緩和を目的として,交通流の研究は日々発展を遂げてきました.近年の交通流の研究では,現象を物理的に把握し,流動を再現するモデルを構築して解析するという手法がよく用いられています.

モデルを構築する手法は主に2つに分類できます.1つは車の流れを流体として見てBurgers方程式を適用する巨視的モデル(マクロモデル),もう1つは追従模型(Car-following model)に代表されるような個々の車両粒子を連続系として扱う考え方と,セルオートマタ(Cellular Automaton,CA)に代表されるように離散的な自己駆動粒子とみなす微視的モデル(ミクロモデル)です.本研究室では,特に車線変更や経路選択が交通流にもたらす影響に焦点を当て,高速道路の実測調査を行い,その解析結果を用いてより現実的なCAモデルの構築を目指しています.

実測調査による交通流の特性解析

日時: 2012年4月28日~2012年5月7日

福岡都市高速道路2号線の上(天神方面行き)から下(大宰府方面行き)へ向かう交通流を実測しました.

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CAによる交通流のモデル化とジレンマ構造の解明

交通渋滞が起こる要因の1つとして,ドライバーという個々の意思決定主体の振る舞い(例えば加速や減速,車線変更や経路選択など)が流れ場全体に大きく影響を及ぼすという事が挙げられます.本研究室では,交通流動は道路という有限の資源を車両エージェント同士が奪い合う「資源割り当て問題」の様相を呈すという観点から,特に車線変更や経路選択に着目して研究を行っています.ドライバーの意思決定を組み込んだCAモデルを構築することにより,2車線合流部のボトルネックや経路選択などを伴う流れ場には,社会的ジレンマが潜在していることが分かってきました.

2.感染症蔓延問題

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人類の歴史は感染症との闘いの歴史と言っても過言ではありません.近年では,高速大量の輸送機関の発展による世界のスモールワールド化に伴い,インフルエンザに代表されるような感染症の世界規模のパンデミック招来が懸念されています.

感染症がどのように集団内に広がっていくかなどの流行現象のメカニズムを理解し,さらにワクチン接種や隔離などの介入行為の評価を行うためには,感染症動態の数理モデルによる動的かつ定量的な定式化が有効です.インフルエンザなどの感染症はワクチン接種による感受性人口の免疫化が有効であることが知られていますが,個々人の接種に関する意思決定は感染リスクやワクチン接種リスク,また他人の接種行動などが複雑に連携し合う問題です.それゆえに,ワクチン接種ジレンマと呼ばれる個々人にとって合理的なワクチン接種行動(Nash Equilibrium)と社会全体にとって最適なワクチン接種レベル(Social Optimum)との間に乖離が生じてしまうことがあります.

本研究室では,感染症流行モデルに進化ゲーム理論を適用したモデルを構築し,個々人のワクチン接種行動が感染症の流行現象に及ぼす影響についてマルチエージェント・シミュレーション(MAS)を主な手法として研究を行っています.

(3)拡散場におけるジレンマゲームの研究

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MASによる培地上の資源が拡散する微生物社会のモデル化

人間社会システムではもとより,生物システムにおいても社会的ジレンマ状況下での集団的な協調行動はしばしば観察されます.例えば,出芽酵母であるパン酵母はインベルターゼと呼ばれる酵素を生成し,ショ糖(スクロース)を果糖とブドウ糖に加水分解します.加水分解によって得られた果糖とブドウ糖という公共財は,培地を通じて拡散することにより他の酵母菌の生存資源となります.このような資源の拡散を伴う微生物社会では,他の酵母菌によって生成された資源(公共財)にフリーライドする酵母菌の存在により,何らかのジレンマ構造が存在することが期待されます.

本研究室では,以上のような状況を拡散場におけるジレンマゲーム(公共財ゲーム)の一種であると見なし,これらを模擬するような数理モデルを構築,MASを用いて研究を行っています.

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